平成25年度高校海外修学旅行の最近のブログ記事

平成25年度 海外修学旅行リポート 7日目

7日目 パリ

国外修学旅行も、実質的な最終日を迎えました。この日は、パリを終日見学。昨日同様晴天と春本番の暖かさで、上着を脱ぐ生徒も出てきました。最初の見学場所は、ルーヴル美術館。レオナルドの「モナ・リザ」、ダヴィッドの「ナポレオンの戴冠」、ドラクロワの「民衆を率いる自由の女神」、アングルの「グランド・オダリスク」などの絵画作品をはじめ、「ミロのヴィーナス」などの知らない人のいない傑作群を約2時間かけて見学。本やテレビで見てきたものが今目の前にあるフシギさを感じつつ、生徒たちは熱心に見学していました。今年の生徒は、疲労がたまった旅の後半になってもあまり集中力が落ちないようです。

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鴨のコンフィの昼食の後、午後はセーヌ川に浮かぶシテ島へ移動し、パリのノートルダム大聖堂を見学。バロック式のサン・ピエトロ、ゴシック式のシュテファンとすでに大規模な教会は2か所見学している訳ですが、パリのノートルダムの優雅さはまた格別。春の陽光を浴びて輝くフランスゴシック建築の美しさに、生徒の気分も自ずと高まったようです。さらに聖堂内に入ると、ステンドグラスが大変美しく、ゴシック建築の壮麗さには感銘を受けた様子でした。

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そして、最後の見学場所はエッフェル塔。例年は、外から見るだけなのですが、今年は出発が夜遅くのフライトになり時間の余裕もあることから、エッフェル塔の最上階まで登りました。最初は、4本ある塔の足の1本を斜めに上がっていく大型エレヴェーターに乗り、途中で上方に垂直に上がるエレヴェーターに乗り換えて高さ約280メートルの最も高い展望台まで移動。多少風が強く肌寒かったものの、360度に拡がるパリの眺めはまた格別でした。この展望台には、エッフェル塔の設計者であるグスターヴ・エッフェルに送られた大正天皇の賞状が飾られていて、これに気づいた生徒はかなり驚いていた様子でした。それにしても、高さだけでは、東京タワーはもちろん、東京スカイツリーには遠く及ばないものの、やはりエッフェル塔は何か特別の存在であることは間違いなさそうです。

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エッフェル塔の見学が終わる頃には、日も西に傾き、いよいよ修学旅行の全日程も終わりに近づきました。シャルル・ドゴール空港に移動し搭乗手続きを終えた後は、22:35の搭乗まで自由時間。お土産を買う生徒、疲れたので休む生徒と過ごし方はそれぞれでした。ほぼ定刻通りにエール・フランス便はパリから離陸。12時間あまりのフライトを経て成田には定刻より約25分早く到着。こうして、生徒達に多くの思い出を残しつつ、平成25年度の国外の修学旅行が終了。初日のローマから盛りだくさんの内容でしたが、記憶が混乱しないうちに、見学した内容を整理してくれればと思います。

平成25年度 海外修学旅行リポート 6日目

3月9日(日)パリ

国外修学旅行も残すところあと実質2日。今日のパリは、快晴で春の陽気。気温は20度近くまで上がり、バスの中では一時エアコンを入れるほどの暖かさ(暑さ?)でした。朝一番の見学地は、ブルボン王朝の権力の象徴とも言われるヴェルサイユ宮殿。太陽王と呼ばれるルイ14世の威勢がしのばれる巨大な宮殿の中の部屋はどれも豪壮であり、特に普仏戦争後のドイツ帝国皇帝戴冠の場として世界史の授業にも登場する「鏡の間」は、聞きしに勝る規模と華やかさで、生徒たちは圧倒されていました。また、宮殿内部の見学後は、庭も一週し、桁違いの大きさの居城の規模を、あらためて実感しました。

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ヴェルサイユ見学の後は、パリ市内に戻り、印象派のコレクションで知られるオルセー美術館へ。日曜美はグループでの見学が制限されているため、2~4人に分かれての見学となりました。生徒たちは、事前指導でとりあげたマネ、モネ、セザンヌ、ルノワール、ゴッホなどの作品を中心に、広い館内から目当ての作品を探し当てつつ見学していました。ゴッホの画像などいくつかの作品はあいにくと展示されておらず、生徒は少々落胆。この夏に日本に来れば黒山の人だかりとなるであろうマネの笛を吹く少年等も実にゆっくり鑑賞できたので、絵画が好きな生徒にとっては至福の約2時間だったようです。

オルセーの後は、パリ市内の有名な場所のいくつかで記念撮影。最初は凱旋門。ナポレオンに関係するものはどれも巨大ですが、本家本元の古代ローマのものより何倍も巨大なパリの凱旋門を見て、生徒はナポレオンの全盛期の迫力を知る一方で、つい先日目の当たりにしたばかりの古代ローマが、いかに19世紀のフランスにとって理想となっていたのか、言い方をかえればヨーロッパの歴史にはいかに連続性があるのかを知ることができました。

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ついで、エッフェル等が見えるシャイヨー宮殿前でも写真撮影。スカイツリーに比べれば、高さ320メートルあまりのエッフェル塔は半分の大きさしかないものの、鉄の時代19世紀を代表する、鋼鉄を使った世界初の高層建築であると同時に、その姿容の美しさがすっかりパリにとけ込んでいることがほとんど奇跡的であることを生徒は実感していました。凱旋門とエッフェル塔を見て、「まさに外国に来た、ヨーロッパに来たという実感を強くした」とつぶやく生徒もいました。確かに、日本人にとっての外国の街といえばそれは他ならぬパリなのかもしれません。

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この後は、セーヌ川のクルーズに参加。約1時間をかけて、エッフェル塔の足下からノートルダム大聖堂のあるシテ島までセーヌ川を上り下りするコースで、次第に傾く夕日を受ける春のパリの街と河岸でくつろぐ人びとの姿に、言葉にはならない旅情を感じた生徒が多かったようです。かくして6日目も終了。残すはあと1日となりました。

平成25年度 海外修学旅行リポート 5日目

3月8日(土)ヴィーン→パリ

今日からは、いよいよ国外修学旅行も後半戦に。ヴィーンの見学第2日目は、朝から晴天に恵まれたものの、春は名のみの寒い風が吹きました。最初の見学場所シェーンブルン宮殿は、ハプスブルク家の夏の離宮で、少年モーツァルトがマリア・テレジアの御前演奏を行い、マリー・アントアネットに会った場所と伝えれます。この宮殿の内部は、元旦に放送されるヴィーンフィルハーモニーのニューイヤーコンサートでもバレエの場面でよく登場しますが、実際に内部を見学すると、実は日本や中国、インドの調度品、装飾が多く、いかに東洋に対する関心が18~19世紀のヨーロッパで強かったかがよく分かります。宮殿の歴史やハプスブルクの代々の皇帝のエピソードを、本日も治田さんが小気味よいテンポで説明してくれました。宮殿内部だけでなく、庭側も見学しました。

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ついで、ヴィーンで最後の見学地である美術史美術館へ。ここでは、この美術館の誇るデューラー、ブリューゲル、ルーベンス、レンブラント、ヴェラスケス、アルチンボルトなどの豊富なコレクションや、数年前日本にもやってきたフェルメールの作品、さらにはラファエロをはじめとするイタリアルネッサンスの傑作などを鑑賞。特に、ブリューゲルの部屋では、その独特の筆致と寓意性に、何人かの生徒は興味をもっていたようです。また、鬼才アルチンボルトも、生徒の関心をひきつけていました。

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美術の鑑賞の後は、ハンガリー料理でパプリカのきいた牛肉の煮込みであるグーラッシュの昼食の後、空路パリへ移動。

パリは、17度と春の暖かさで、夕日が見事でした。パリで最初の夕食は、牛肉の煮込み料理。たままた昼食と似たようなメニューになってしまいましたが、生徒たちは、かえって昼のグーラッシュとの違いを楽しんでいた様子で、ハンガリー風とフランス風、それぞれ支持者がいた様子でした。

平成25年度 海外修学旅行リポート 4日目

3月7日(金)ヴィーン 国外修学旅行も、いよいよ4日目、本日はオーストリアの首都ヴィーンの見学。朝早く07:30にホテルを出て、まずは西に約80km移動してメルク修道院へ。アイルランド出身の聖コルマンの聖遺物で知られるメルク修道院は、オーストリアのバロック建築を代表する建物で、豪華絢爛さと一種の清楚さが共存します。生徒は、昨日までのラテン的でやや濃厚な味わいのあったローマのバロックとの違いを、何となく肌で感じた模様で、数名の生徒が「オーストリアの方がしっくりくる」などといった感想をもらしていました。今朝は曇天でやや寒かった、冬枯れの中に建つ修道院は、まさに偉容といった趣がありました。

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ヴァッハウ渓谷づたいにヴィーンに戻ると、次はハイリゲンシュタットにあるベートーヴェンの「遺書の家」へ。20代後半から難聴に苦しんだベートーヴェンが32歳の時に友人にあてた手紙を書いた場所とされるこの家ですが、実際はこの手紙は「遺書」と言うべきほどの内容ではなかったし、実際ベートーヴェンはその後も見事に作曲家としての人生を全うしたといったことを、今日の案内役の治田さんから教えて頂きながらの見学でした。この一帯は、ベートーヴェンの時代はもっとのどかで、彼が「田園」交響曲の着想を得たのもこのあたりとされています。

「遺書の家」の周辺はブドウの栽培も盛んで、すぐ近くのグリンツィングはヴィーンのワイン作りの名所としても知られますが、本日の昼食はその中のレストランの一つで。各種の肉類を中心とした農家風で重厚なヴィーン料理には、特に男子生徒が大喜びでした。

午後は、まず聖シュテファン大聖堂へ。ヴィーンの象徴のひとつでもあるこの教会は、モーツァルトの結婚式と葬儀が行われた場所としても知られます。13世紀から建設が開始された聖堂の様式は基本的にゴシックですが、本来二つあるべき塔の一つは、ゴシックが流行遅れとなってしまった結果、途中で建設が放棄されたこと、内部には随所にバロック的な部分があること等を治田さんから学び、生徒は西洋の建築様式の推移について、さらに知見を広げました。

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シュテファンの後は、約45分の自由時間をとり、今度はベルヴェデーレ宮殿へ。プリンツ・オイゲンによって18世紀前半に建てられたバロック様式の見事な宮殿ですが、現在では内部が美術館になっていて、オーストリアが誇る世紀末芸術の天才グスタフ・クリムトの代表作「接吻」ほかが収蔵されています。生徒たちは、「接吻」をはじめとしたクリムトの作品の特徴や、それらの画の意味するところの解釈などについて説明を聞きつつ見学。さらに、クリムトよりやや後の世代になるエゴン・シーレやオスカー・ココシュカの作品も鑑賞しました。

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盛りだくさんの今日の最後の見学場所は、映画「第三の男」でおなじみのプラーター公園の大観覧車。この映画は事前指導で見ているだけに、実際にその観覧車に乗り、美しい夜景を見て、感慨もひとしおだったようです。

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この後はシュターツオパー(国立歌劇場)近くのレストランでヴィーン名物のシュニッツェル(日本のカツに似ているが、やや肉が薄い)とザッハ−トルテ(ヴィーン風チョコレートケーキ)に舌鼓。かくして、4日目の日程がようやく終了しました。

平成25年度 海外修学旅行リポート 3日目

3月6日(木)ローマ→ヴィーン

ローマ2日目の見学は、朝から曇りで、冬に舞い戻ったような天候の中、古代の競技場であるコロッセオと、かつてのローマ市の中心街であったフォロ・ロマーノを見学しました。古代ローマは、映画「グラディエイター」などでも知られるように、人間と猛獣との戦いが市民の間で最高の人気を誇った娯楽でしたが、その競技が行われたのがこのコロッセオで、ある意味で今日なおローマのシンボルとも言えます。しかし、日本語が上手いイタリア人ガイドのパオロさんによれば、真剣勝負はめったになく、剣闘士の奴隷もアフリカ産の猛獣もともに非常に高価であったため、ほとんどの競技はショーに過ぎなかったとのこと。それはともかく、ほぼ2000年前の文明の高さと、文明が高いわりにはいささか悪趣味なローマ人の娯楽とのギャップに、生徒はいささか驚かされていた模様でした。

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ついで、古代ローマの官庁街でもあったフォロ・ロマーノのを見学。コロッセオとは異なり、グループの見学はまばらですが、ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)殺害の現場と伝えられる元老院などを実際に見学して(これが史実かどうかはさておき)、「ブルータスお前もか」という名台詞の生まれたその場所にいるという一種の高揚感を持った生徒も少なくなかったようです。

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古代遺跡を見学した後は、空路ヴィーンへの移動です。

ヴィーンでは、今日は特に見学はしなかったものの、夕食のレストランまで旧市街の中を歩く間、生徒たちからは「街がきれいだ」といった声がさかんに聞かれました。ソーセージとザウワークラウトという典型的な夕食をとったあと、希望者は国立歌劇場で歌劇「愛の妙薬」(ドニゼッティ作曲)を鑑賞しました。この歌劇場のオーケストラが独自の演奏会を開くときに「ヴィーンフィルハーモニー管弦楽団」と名乗っている訳で、この歌劇場で聴くということは世界最高のオーケストラを聴くといことにもなるのですが、分かりやすく美しい歌の連続であるこの曲を、かなり疲れた中ではありますが、生徒たちは堪能していました。

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平成25年度 海外修学旅行リポート 1・2日目

3月4日(火)成田→ローマ

国外修学旅行の初日は、ほぼヨーロッパへの移動に費やされました。11:30成田発のKLMオランダ航空便で、経由地のアムステルダムに向かい、19:00前にローマに到着。時差8時間なので、15時間30分あまりの長い移動でした。ローマの天候は曇りで、東京よりは多少暖かい気候。初日は、テルミニ駅の近くのレストランで夕食をとり(スパゲッティ・カルボナーラとローマ名物サルティンボッカ)、そのままホテルへ。まずは、時差になれることが必要です。

 

3月5日(水)ローマ

2日目は、終日ローマの見学。天候は晴れで、初春の趣。水曜日午前は、教皇が直々に信者を祝福するため一般の見学ができないヴァチカンは午後へとまわし、まず朝一番は、カタコンベへ。かつては、迫害時代のキリスト教徒の潜伏場所とも言われた地下墓地です。しかし、日本語が流ちょうなガイドのパオロさんから、迫害を逃れキリスト教信者が長期にわたり地下で生活したというのは事実ではなく、キリスト教が火葬を禁じたため、限られた敷地の中で多数の死者を埋葬するためにやむなく作られた墓地というのが実態との説明を受けました。とはいえ、地下深く暗い墓所は非常に厳粛な雰囲気で,少々気分が悪くなった生徒もいたようです。

カタコンベの後は、ローマの名所であるパンテオン、トレビの泉、スペイン階段を徒歩で見学。パンテオンは約1900年前につくられた、直径50メートルの巨大な球形のドームが見事で、当時のローマ人の土木技術のすばらしさに、生徒はただただ感嘆するばかりでした。また、バロックの彫刻が見事なトレビの泉では、定番のコイン投げ。さらに、スペイン階段を上ってピンチョの丘の展望台まで行き、ローマの街を一望しました。日中は気温がぐんぐん上がり、ほとんど初夏の陽気です。

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午後は、いよいよ世界最小の独立国ヴァチカンへ。最初は、美術館で古代の彫刻やラファエロの名高い「アテネの学堂」などを見て、さらに昨年教皇選出の選挙であるコンクラーベが行われたシステナ礼拝堂へ。この礼拝堂には、あのミケランジェロの天井画と最後の審判があります。生徒はその規模と迫力に圧倒された様子でした。そして、最後にカトリックの総本山サン・ピエトロへ。キリストの第一の弟子とされる聖ピエトロの墓所の上に建立されたというこの荘厳な教会の内外を見て、どう感想を述べてよいのか難しいのか、見学後の生徒はやや言葉少なという状態でした。

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最後は、映画「ローマの休日」でよく知られる「真実の口」のあるコスメディン教会へ。実は、あの「真実の口」は、かつては下水のマンホールであったことなどをパオロさんから聞いたあと、二人ずつ記念撮影。一応、誰も手をかまれることなく、この日の見学をおえました。夕食は、ボロネーズソースのフェットチーネなどを食べて、20:00にはホテルに到着。日没以降はぐっと冷え込んで季節は冬に。約2万歩を歩いたややきつめの1日でした。

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