平成26年度高校海外修学旅行の最近のブログ記事

平成26年度 海外修学旅行リポート 最終日

3月9日(日) パリ→東京

修学旅行の実質的な最終日である今日の見学は、フランスが世界に誇るルーヴル美術館から始まりました。美術館内の廊下だけでも総計14km近くになるという規模ですが、そこに所狭しと西洋美術の最高傑作が展示・収蔵されてます。今回見学しただけでも、「ミロのヴィーナス」、「サモトラケのニケ」、ミケランジェロの「瀕死の奴隷」、レオナルドの「モナ・リザ」と「岩窟の聖母」、ダヴィッドの「ナポレオンの戴冠」、ドラクロワの「民衆を率いる自由の女神」、ジェリコの「メデューサ号の遭難」、アングルの「グランド・オダリスク」等々、美術の教科書に必ず載っているような名作が目白押しです。日本に持ってくれば上野の美術館で長蛇の列ができるような作品でも、ここではほとんど目立たない、そんな言い方がぴったりの桁違いの美術館です。生徒たちは、これでもかこれでもかと続く絵画・彫刻の傑作に、食傷気味になることもなく必死でくいついていました。めったに本には載らない「ミロのヴィーナス」の後ろ姿をカメラに納める生徒もいたようです。

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次に見学したのは、ノートルダム大聖堂です。ノートルダムとはフランス語で「私たちの貴婦人」すなわち聖母マリアを意味します。フランスの主要都市の多くに聖母マリアに捧げられた大聖堂=ノートルダム大聖堂があります。実は昨日見たシャルトルの大聖堂も正確には「シャルトルのノートルダム」でした。そして、今日見学したのはパリのノートルダムということになります。建築年代・様式としては昨日のシャルトルと同じく12~13世紀の建造、やはりゴシック様式で、セーヌ河の中州のようなシテ島にあります。ノートルダムに入ると、ここも美しいステンドグラスが印象的です。生徒たちは、大聖堂の中のステンドグラスや彫刻は、文盲の人が多かった中世には旧約と新約の聖書の物語を民衆に説明する機能を持っていたといった説明をききつつ、イエス・キリストの生涯についても知識を増やしました。さらに大聖堂の外で記念撮影。パリのノートルダムは規模こそフランス最大級とはいえませんが、バランスのとれた美しい姿はある意味でたいへんパリに相応しいともいえそうです。

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ノートルダムの背後にまわり、飛梁という構造で支えられるゴシック建築のしくみについて学びつつ、昼食会場へ。この旅行最後の昼食は、パテの前菜に牛の煮込みという、これもまた典型的なフランス料理でした。今日は昨日とうってかわったややメランコリックな曇天ですが、これが実はモーリス・ユトリロの描くパリの風景そのもので、昨日とは全く異なるパリの表情を見られたことは、生徒にとってむしろ大収穫であったかもしれません。気温は18度ほどと暖かく、コート不要の天候です。

食後はバスの車窓からコンコルド広場やシャンゼリゼ大通を見ながら、凱旋門前へ。ここでバスを降りて写真休憩をとりました。

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今回の修学旅行最後の見学場所は、エッフェル塔です。昨年度に引き続き今年もエッフェル塔をただ下から眺めるのではなく、最上階まで上がり地上290メートルの高さからパリの町並みを一望しました。昨日セーヌ川の船から見上げたエッフェル塔ですが、今度は逆にエッフェル塔からセーヌを眺めることになります。塔の北側の足の部分を斜めに昇る一種ケーブルカーのようなエレヴェーターに乗ってまず第1展望台にあがり、今度は垂直に昇るエレヴェーターに乗り換えて一気に標高約280メートルの第3展望台に向かいます。第1展望台からの眺めも素晴らしいものがありますが、第3展望台でははるか遠くまで見渡すことが可能です。ここまで上がる見学者は意外に少なく、生徒たちの感激もまた格別のものがあったようです。この時間になると、天気も薄日がさすまでに回復、この2日間で見学したルーヴルやノートルダムや遠くモンマルトルの丘に建つサクレクール寺院などが見えて、パリ見学を総復習することができました。

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かくして、6泊8日の今年度の修学旅行の実質的な日程を終えてシャルル・ド・ゴール空港に向い、そして23時すぎのエール・フランス便に乗り一路羽田へと移動です。生徒からは、高校生活最大のイベントが終わってしまったとのため息も漏れてましたが、機内では多くの生徒が疲れから熟睡。定刻より30分ほど早く羽田に安着し、多くの保護者の方がたの出迎えを受けました。土産を大量に買った生徒もいたようですが、しかし土産話が本当は一番の贈り物なのではないでしょうか。

平成26年度 海外修学旅行リポート 6日目

3月8日(日) パリ・ヴェルサイユ・シャルトル

修学旅行も残すところ実質あと2日となった今日の見学は、おそくら世界で最も有名な王宮であろうヴェルサイユ宮殿から開始です。ブルボン王朝最盛期の国王ルイ14世の創建となるこの巨大な宮殿ですが、しかし実際にここを使った王はルイ14世のほかはルイ15世、16世のあわせてわずかに3人です。というのも、ルイ14世が長命だったため曾孫のルイ15世が後をつぎ、15世も長期に在位したため孫の16世が後を継ぐという、かなり変則的な王位継承がおこなわれ、ルイ16世の時代に革命が勃発し王権が廃されたたためでした。宮殿では優雅な生活が送られたのでしょうが、3代の王権の間に世の中は大きく変化し、強勢を誇ったフランス王国は財政難にあえぐようになりました。そしてルイ16世の在位中の1789年にフランス革命がおこり市民がヴェルサイユにも押し寄せ、宮殿を出ざるを得なかった王と王妃マリー・アントアネットは、結局数年のうちに処刑される運命となった訳ですが、輝かしい王政と同時に革命の舞台であるヴェルサイユの見学は、生徒にも相当の印象を与えたようでした。少々申し訳ない言い方になりますが、ヴェルサイユは昨日見たヴィーンの宮殿とは桁違いの規模と壮麗さで、当時高価だった鏡をふんだんに使った「鏡の間」などはまさに圧巻です。フランス王権の強大さを実感するとともに、過激な革命勃発の遠因もなんとなく理解できるような、そんな場所といえそうです。

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ヴェルサイユで昼食を済ませた後は、暖かく明るいまさに春爛漫といってもよいような陽気の中を(バスの中は一時冷房を入れました)、中世ゴシック様式の大聖堂で知られるシャルトルへ向かいました。シャルトルは中世のフランス北部におけるキリスト教研究の拠点の一つでしたが、同時にいわゆるイタリアのルネッサンスに先駆けて古代ギリシャ文明の再生を目指す研究も盛んでした。正面に3か所ある入り口のうち一番右の門の上部には、その名残ギリシャの数学者などの彫刻もほどこされています。また、この教会は11世紀に作成されたステンドグラスの美しさで知られ、特に「シャルトルの青」として賞賛される淡い青色が見事です。生徒達は、シャルトル大聖堂のバラ窓やステンドグラス、そして特にシャルトル特有のペール・ブルーに感嘆していました。

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午後はパリに戻り、オルセー美術館の見学です。日曜日で団体での見学ができないとあって、生徒は2~3人一組となり、修学旅行資料集を片手に自主見学となりました。しかし、今年の参加者の見学姿勢は非常に良好で、ミレーなどのバルビゾン派や、マネ、モネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、シスレー、ピサロなどの印象派やそれ以降の画家の作品を大変熱心に鑑賞していました。

本日最後の見学は、セーヌ河のクルーズによる、一周の車窓見学です。エッフェル塔近くの波止場から船に乗り、セーヌを30分ほど遡ってパリのノートルダム大聖堂があるシテ島を過ぎたあたりで引き返してくるコースですので、1時間の間にセーヌの左岸・右岸の様子を楽しむことが出来ます。18:00の乗船で、暮れゆくにつれ表情を変えるセーヌとパリの町並みを、生徒は満喫していました。下船後はライトアップされたエッフェル塔をバックに記念撮影。明日は、このエッフェル塔の最上階まで昇る予定です。

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夕食を終えてホテル着は21:00。国外修学旅行は連日の長時間の日程で体力的にはややきつい面もあるとは思いますが、生徒達は充実した見学を着実に消化しています。

 

平成26年度 海外修学旅行リポート 5日目

3月7日(土) ヴィーン→パリ

5日目となる今日は、午前中引き続きヴィーンでの見学を行いました。まず最初にホテルから目と鼻の先のシェーンブルン宮殿へ。ハプスブルク家の離宮であるこの宮殿はバロック様式で、壮麗というよりは品の良いむしろ軽やかで瀟洒な印象の建物です。2階までの部分は現在宮殿として公開されていますが、上部階は一般の人にアパートとして貸し出されているというから驚きです。この宮殿は、女帝と呼ばれるマリア・テレジアやその子孫の縁の場所ですが、当然フランス革命の断頭台で消えたマリー・アントアネットもこの宮殿で幼少期を過ごしています。内部は思いの外東洋趣味が濃厚で、清朝時代の中国の蒔絵などがふんだんに使われています。生徒はヨーロッパにあったオリエンタリズム=東洋趣味の強さについて、認識を新たにした様子でした。また、オーストリア最後の皇帝であるカール1世が第一次世界大戦の敗戦を受け、1918年11月に以後国事に関与しないという文書に署名して退位し、中世のカール大帝あるいはオットー大帝以来の「帝政」が名実共に終焉したのがこの宮殿ということですので、生徒たちは学校の授業で習う「世界史」を非常に身近に感じることができた様子でした。

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次の見学場所は美術史美術館でした。「三大○○」が好きな日本人ですが、おそらくこの美術館は「ヨーロッパ三大美術館」に入ること間違いなしと思われるだけの収蔵絵画を誇ります。生徒たちは、19世紀建築界の巨匠ゼンパーの設計になる見事な建物の中で、ラファエロ、ティツィアーノ、ブリューゲル、ヴェラスケス、ルーベンス、レンブラント、フェルメールらの、昨日のクリムトたちの世紀末芸術とは全く異なる画風の画家たの、それもそれらの画家たちとしても代表作といえる名画をゆっくりと見学しました。

 

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美術史美術館の見学の後は、ヨハン・シュトラウスほかの銅像で有名な市立公園の近くのレストランで昼食をとり、空港に移動。いよいよパリへと空路移動しました。

最後の宿泊地であるパリには、やや送れて到着。18:30を過ぎてもシャルル・ド・ゴール空港からパリ方面を見ると見事な夕焼けが拡がりました。ヴィーンから西に空路で2時間、時差がないので、ブラウンシュヴァイクやヴィーンよりも夕暮れが遅くなっていることがよく分かりました。

パリでの最初の夕食のメニューは鴨のコンフィ。鴨は日本の高校生にはあまり馴染みがなさそうですが、パリではごく一般的な料理です。この典型的なフランス料理は生徒達には好評でした。いよいよ修学旅行もあと2日。明日からは本格的なパリ及びその近郊の見学を行います。

平成26年度 海外修学旅行リポート 4日目

3月6日(金) ブラウンシュヴァイク→ヴィーン

残念ながらやや短かったブラウンシュヴァイク滞在を終え、今日は早朝05:45に姉妹校に集合し、いよいよお別れです。まだ真っ暗な時刻にもかかわらず、ステイ先の家族の方多数が見送りに来てくれました。昨晩に続き、しばし別れを惜しんだあと、いよいよハノーファー空港に向け出発です。そして、ハノーファーからは空路ヴィーンに移動です。

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今回の修学旅行の第2の見学場所であるヴィーンは、同じドイツ語圏のオーストリアの首都ですが、到着してしばらく町中をバスで移動するだけで、ドイツとは歴史や文化が随分と異なることが何となく感じられました。昼食にヴィーン名物のヴィーナーシュニッツェル(日本のカツに似ているがかなり厚さが薄い)を食べた後は、最初の見学場所であるホーフブルク宮殿へ。ここはハプスブルク家の宮殿であった場所ですが今では博物館になっており、神聖ローマ帝国や多民族国家であるオーストリアの歴史や皇帝一族の生活様式について多くを学びました。

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午後になると天気がぐっと良くなり、春の明るい陽光でこの町の美しさが際立ち、男女を問わず生徒の口からは「きれいな町だ」という声がもれました。ホーフブルクから徒歩5分の場所になるドイツ系のゴシック教会を代表するシュテファン大聖堂を見学した後は、バスで移動してバロック建築の代表格であるベルヴェデーレ宮殿を見学。ベルヴェデーレ宮殿は現在では美術館でもあり、ここでオーストリア世紀末を代表するグスタフ・クリムの「接吻」やエゴン・シーレの代表作を鑑賞しました。今年のガイドの方はクリムトと日本の関係の深さを強調、生徒たちは非常に熱心に耳を傾けていました。

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この日の主な見学を終えると、国立歌劇場の裏手にあるヴィーン随一の繁華街であるケルントナー通りで20分ほど自由時間をとり、その後は夕食へ。そして夕食を済ませると、希望者(といってもほとんどの生徒)がヴィーンの誇る楽友協会ホールで行われるヴィーン交響楽団の演奏会に向かいました。演目は、シューベルトの6番、マーラーの4番という二つの交響曲。疲れてはいたものの、ヴィーンと関係の深い二人の作曲家の作品の演奏を、生徒は大いに楽しんでいました。毎年正月のヴィーン・フィルハーモニーのニューイヤーコンサートの会場として知られるこのホールは、内装が金色を基調として実に豪華ですが、思ったより狭ことに、そして残響が非常に長いことに、生徒たちは驚いていたようでした。修学旅行もいよいよ終盤に近づいてきました。

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平成26年度 海外修学旅行リポート 3日目

3月5日(木) ブラウンシュヴァイク(ステイ先と行動+さよならパーティー)

3日目の今日は、基本的にはステイ先の生徒や家族との行動となりました。午前中は、ドイツ人生徒と一緒に姉妹校の授業に参加した日本人生徒も多かったようです。歴史、ドイツ語、数学、宗教などの授業に出ましたが、「数学以外はチンプンカンプン、でも得がたい一つの経験か・・・」といった反応でした。ドイツ人が来日した際も、2時間ほど授業に出てもらうことがあるのですが、あちらも同じような立場・感想なのかもしれません。

午後からは、ステイ先との行動でした。市内でショッピングをした生徒、ブラウンシュヴァイクの近隣を見学に行った生徒とそれぞれでしたが、ドイツ人の生徒や家庭との親睦を深める良い機会となりました。

19:00からは、姉妹校の食堂でお別れパーティーが開かれました。ステイ先の皆さんが持ち寄った手作りの料理を食べながらの、アットホームなパーティーでしたが、姉妹校のヴィルトハーゲ校長先生も出席され、駿台学園の生徒たちが作成したパワーポイントを利用しての日本、東京、駿台学園の紹介プレゼンテーションや代表生徒の挨拶なども行われました。パーティーの後半では、多くの日独の生徒がなごりを惜しみつつ将来の再会を誓い合っていました。ドイツを訪れるたびの毎回のことですが、姉妹校の方たちの暖かさを感じるひとときでした。

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平成26年度 海外修学旅行リポート 2日目

3月4日(火) ブラウンシュヴァイク+ゴスラー

2日目の今日は、朝9時にブラウンシュヴァイク中央駅に集合して、ステイ先の生徒たちとともに列車に40分ほどゆられて、ユネスコ世界の町ゴスラーへ。今回の参加者の中には鉄道研究会の部員もいて、ドイツの鉄道に乗れるということですでに感激もひとしおの様子でした。

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ゴスラー到着後は、まず皇帝宮殿へ。晴れ間出たり雪がちらついたりと変わりやすい天気の中の見学です。中世に銀や銅などの鉱山町として栄えたこの地域は、その富の故に代々の皇帝に特別の扱いを受け、皇帝自由都市となりましたが、その皇帝たちの宮殿が19世紀の大規模な修復を経て今日まで残っています。

この宮殿をまず見学しましたが、ここがハインリヒ3世と縁が深く、世界史の教科書にも登場するカノッサの屈辱の主人公であるハインリヒ4世が生まれ育ったのもこの町・この宮殿と聞いて、生徒は自分が今まさに世界史の舞台にいることを実感した様子でした。今年の参加者には世界史にかなり詳しい生徒もいて、熱心に説明をきいていました。

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宮殿の見学の後は、中世の救貧院跡でステイ先が用意してくださった弁当を食べ、昼食後はマルクト広場で解散ししばし自由時間を楽しみました。

帰りも鉄道をつかいブラウンシュヴァイクに戻り、駅で解散するとその後はステイ先との行動へ。良い交流をして、ドイツの人達の生活の一端を体験してくれればと思います。

平成26年度 海外修学旅行リポート 1日目

3月3日(火) 成田→アムステルダム→ベルリン→ブラウンシュヴァイク

国外修学旅行の初日は、多数の保護者の方がたの見送りを受けて、KLMオランダ航空にて一路成田からアムステルダムへ移動、そしてアムステルダムからさらに乗り継いでベルリンに到着しました。成田からのフライトが多少遅れたこともあったためか、ベルリンに着くとスーツケースが4名分未着であることが判明。ハプニングも楽しむしかないと分かってはいながらも、自分の荷物が届かなかった生徒にとっては気の毒な話でした。

手続きを終えて、バスにて姉妹校のあるブラウンシュヴァイクへ移動、到着は現地時刻の21:40となりました。長時間のフライトで疲労はたまっていたものの、姉妹校であるMartino-Katharineum校でステイ先の暖かい出迎えを受けると、生徒たちの気持ちは一気に高揚したようです。中には、昨年10月に来日したドイツの生徒を受け入れて、半年ぶりの再会となったという日本人生徒もいます。今晩は、さて各家庭でどのような会話がかわされるのでしょうか。期待と、そして多少の不安のまじった修学旅行ホームステイがいよいよ始まりました。

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