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学校行事

中学3年 修学旅行リポート 3日目

2022/11/11

3日目 奈良→宇治→京都

10月26日(水)、修学旅行も折り返しの3日目となりました。爽やかなしかし多少ひんやりとした晴天の中、まずは春日大社に向かいました。朱色の鳥居や藤棚が印象的な藤原氏の神社である春日大社では、間もなく若宮式年遷宮の関連した行事が行われます。

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春日大社の境内を抜け、右手に鹿たちが寛ぐのどかな若草山を見ながら、東大寺に向かいました。最初に見学したのは、法華堂です。戦火や落雷で伽藍がたびたび焼失している東大寺にあって、現存する建築の中で最古といわれているのが法華堂です。三月堂とも呼ばれ、国宝にも指定されていますが、その内部に佇む10体(ただしうち1隊は秘仏)の仏像もまた全て国宝です。生徒たちは本尊の不空羂索観音立像、須弥壇左右に立つ梵天・帝釈天像、内陣の四隅で本尊を護る四天王立像などを鑑賞し、その荘厳な姿に圧倒されていました。

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隣接するお水取りで知られる二月堂は、寛文7年(1667)に行われたまさにそのお水取りの最中の失火で焼失し、2年後に再建されたものです。舞台からは奈良盆地を一望することができ、絶景を楽しむことができました。

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その後は坂道を下り、東大寺の本尊、盧舎那仏坐像を安置している大仏殿へと向かいます。今年は、地元の小学生の団体や外国人観光客などが多数いて、コロナ前の状態が戻ってきたように感じました。生徒たちは間近で見た大仏の雄大さに驚いていました。

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最後は南大門へ。重層入母屋造の豪壮な門は鎌倉時代に再建されたもので、門の両脇には、阿形・吽形の2体の巨大な木造金剛力士像が屹立しています。初めて実物を目にした生徒たちは真剣な表情で鑑賞していました。

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東大寺を後にして、徒歩にて興福寺へと移動しました。興福寺は、710年の平城遷都に伴い、藤原不比等が現在の地に開いた藤原氏の氏寺で。往時は大和一国を事実上支配するほどの勢威を誇りましたが、維新期の廃仏毀釈運動の中ではダメージを受け、堂宇の一部も失いました。近年その再建が進んでいます。宝物館には三面六臂の脱活乾漆像で、美少年風の外見が珍しい阿修羅像や、教科書でもおなじみの仏頭など数多くの国宝がありました。阿修羅の顔は3つの顔はそれぞれ異なる表情で、角度を変えて見学すると興味がつきません。国宝館の後は、巨大な五重塔を前に記念撮影を行い、境内を一回りして南円堂を経て北円堂へ。今回、本学園中学校の修学旅行としてはおそらく初めて、北円堂の内部も見学。数年前東京の特別展で 話題となった、運慶工房による無著像・世親像を見学しました。興福寺の後は、京都に移動です。

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京都最初の見学地は宇治平等院と鳳凰堂です。鳳凰堂の内部は、学級ごとの3グループに分かれての見学となりました。一度に30名しか入れないこともあり、生徒は静かな雰囲気で本尊阿弥陀如来坐像を見学できました。壁に飾られた雲中供養菩薩や鳳凰堂の屋根の上で対となって立つ鳳凰の本物(現行の一万円札の図柄にも採用されています)は鳳翔館に展示されており、間近でじっくりと見学しました。

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いよいよ京都市内に入ります。木造の建造物としては日本一の高さを誇る五重塔がある東寺に到着しました。東寺は創建からおよそ1200年、1994年に世界遺産として登録されました。空海が密教を伝え広めるために平安京内での建立を許された寺で、その教えを視覚的に表すために立体曼荼羅が圧倒的な存在感を放っていました。

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次に訪れたのは三十三間堂です。正式名は、「蓮華王院」ですが、南北にのびるお堂内陣の柱間が33もあるという建築的な特徴によって「三十三間堂」と呼ばれています。また「三十三」という数は、観音菩薩の三十三変化身にもとづく数を表しています。堂の長さもさるこながら、生徒は整然と並ぶ1,001体の仏像に圧倒されていました。

三十三間堂から徒歩数分の距離に、いくつか注目すべき見学地があります。その一つが耳塚です。豊臣秀吉による文禄慶長の役の際、参戦した武士達は恩賞を受けるために重い首の代わりに鼻や耳をそぎ落として持ち帰ったと言われます。それらの耳や鼻がこの土地に埋めたのがこの耳塚と伝えられます。そしてこの耳塚のすぐ近くにあるのが秀吉をまつる豊国神社ですが、豊臣家が滅亡した大阪の陣の発端となったとされ銘文「国家安康・君臣豊楽」が刻まれる方広寺の梵鐘が、隣接地に残されています。生徒は織豊~江戸初期に関係の深い3箇所を見学しましたが、実はこの地は六波羅のすぐ隣でもあり、平安末期には平家の邸宅が並び、鎌倉時代には六波羅探題がおかれ、鎌倉武士の多くが居住していた地域でもありました。

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最後に清水寺に向かったころには、既に日も暮れかかっていました。駐車場でバスを降りて、清水坂をのぼって舞台まで移動します。舞台から夕暮れに沈む京の姿は美しいものでした。今年は、清水寺と縁の深い坂上田村麻呂の好敵手でもあった東北の英雄阿弖流為(アテルイ)の記念碑も見学しました。

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例年は清水寺近くで湯豆腐の夕食をとっていましたが、修学旅行等が再開された今年は運悪くこの会場が取れず、やむなく知恩院近く円山公園内の系列店へ。新型コロナ対策ということで湯豆腐は半丁あまりが各自のお膳に小分けされいて、湯豆腐というよりは冷や奴というところ。少々残念でした。新型コロナの終息が臨まれます。

 

食後は、京都駅ビルにあるホテルに到着。明日はいよいよ班別行動です。

 

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